月城課題:ハボエドとソラリス
片想い追走曲
第三曲目 疑走
花屋の前に立ち尽くす男が一人。眉間に皺を寄せ何やら真剣に悩んでいる。
彼の目線の先には色取々のバラが競うように美しい花弁を広げていた。
頼りになる上司にアドバイスを貰ったのはよかったのだが、
バラにこんなに色があるのを知らなかったジャン・ハボック少尉は小一時間花屋の前に立ち尽くす羽目になってしまった。
「ほれ、色男。決まったかい?」
あまりにも真剣に悩む姿が可笑しかったのか、花屋のおかみさんは店の前に立ち尽くす図体のでかい男を邪険にせず、にこやかに話し掛けた。
「いや〜、全く。バラって事しか・・・」
ハボックは頭を掻きながら苦笑した。
トレードマークのくわえ煙草は既に灰が落ち、フィルターだけになっていた。
「あっはっはつ!!あんなに悩んでたくせにそれしか決まってないのかい!! 仕方ないねぇ。どんな娘なんだい?」
「え?あ〜・・・すっげぇ美人なんだけど、何つーか・・・不思議っていうか・・妖艶っていうか・・・」
「そう、バラが似合いそうねぇ。
じゃぁ今度はその娘の顔を思い浮かべて隣にバラを想像してってごらん。似合う色が解るから。」
ハボックはおかみが言う様に想像してみた。
白、ピンク、黄色、オレンジ、赤――――赤? 違う、紅だ。それも深紅。まるで――――
「決まったかい?」
「・・・あぁ。これにするよ。」
彼は一瞬迷ったが深紅のバラを指差した。
「ソラリス!!遅くなってごめん。待った?」
ハボックはオープンカフェの一角に駆け寄った。
「いいえ、今来たところ。」
声をかけられた女性は顔を上げ彼を見ると微笑んだ。
豊かにうねる黒髪を右前に緩く束ね、切れ長のアメジストの様な瞳は知的だが、同時にある種の妖しさを持っていた。
「会いたかったわ、ジャン。またおもしろい話を聞かせてね。」
「あぁ。
っと、そうだ。ソラリス・・・はい。」
大佐ならこんな時どう言うのだろうか。
ハボックは一瞬思案したが気の利いた台詞など出て来なかったのでそのまま手に持った小さな花束を差し出した。
「ありがとう。あら、バラね。こんなに紅い・・・ふふっ、まるで人間の血の様ね。」
「あっ・・・ごめん、そんなつもりは・・・」
彼女は何でもない事の様に言ったが彼には焦る理由があった。
彼もそう思ったのだ『まるで血の様だ』と。
しかし他の色が似合う様にも思えなかった。彼女のイメージにピタリと当て嵌まってしまったのだ、そのバラが。
「いいのよ。私この色好きだから。」
ソラリスは瞳を細めて笑う。その笑みは美しく、そして冷たかった。
『人間の血』そう言った時と同じ冷たさがあった。
ハボックは『血』と言わず『人間の血』と表現した事に少し引っ掛かりを覚えた。
――――似た様な事が少し前にもあったのだ。
『なぁ、ソラリス。いつも何読んでるんだ?』
『本よ?』
『いやそうじゃなくて、内容だよ。』
『・・・そうね、人間の書いた・・・哲学書かしらね。』
『哲学?おもしろい?』
『えぇ。人間が何を感じ、思い、考えたのかがよく解るわ。本当に人間っておもしろいと思うわ。』
『・・・ふ〜ん。』
その時ハボックは小さな違和感を覚えた。
彼女の話し方は「人間」と「自分」を区別している様に聞こえるのだ――――まるで彼女が「人間とは違う生き物」であるかのように。
今も似たようなモノを感じている。その温度の無い笑みに。
彼女は何を考えてる?
目の前にいても掴み所のない、現実感に欠けた彼女。そう感じるのはまだ彼女をよく知らないからだろうか。
「ジャン?」
君は俺をどう思ってるんだ?君は一体――――
ハボックは聞きたい言葉を飲み込んだ。心配そうに見つめるソラリスを見ると、例えそれが演技だとしても、言い出せなかった。
「何でもないよ。さぁ行こうか。」
にこやかに彼女に手を差し出した。
――――それでも胸に刺さった小さな棘はいつまでも鈍い痛みを発していた。
...to be continued
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ソラリスには深紅のバラがよく似合うと思います。いや、真紅かな?
ハボは本能で感じてるんでしょうかね、違いを。
幸せなはずなのに何処か信じられない。そんな感じです。
偽りの幸せ。幸せと偽る。痛いのはどっちだろう・・・
緋月悠奈