天空に堕ちた百合
第一章 白い手紙 Side of Roy
それは一通の手紙から始まった。
真っ白い封筒に入ったその手紙は差出人不明。表に「ロイ・マスタング様」とだけ書かれていた。
マスタングがその手紙を受け取ったのは13時。受け取ったといっても直接手渡された訳ではなく、
昼食から戻るとデスクの上にポツンと置かれていた。
またいつものラブレターか。
その時はそんな風にしか思わなかった。
軍部にマスタング宛のラブレターが届く事はよくある。それは彼が口説いた女性に自宅を明かさない為、
当方司令部宛に投函されたり、道行く軍人に託されたりしてしまう為だった。
ただ、誰かの手渡しでなくデスクの上に置かれる事はあまりない。微かな違和感が首をもたげる。
そう思うと座って確認するのは危険に思え、マスタングは立ったままそっと手紙の端を持ち上げた。
――――爆発はしない。
まぁ当たり前か。こんな薄い手紙だ。
安堵感と共に腰を下ろす。革張りの椅子がギシリと音を立てて迎え入れた。
少し離して手紙を眺める。何の変哲もないただの封筒。表に「ロイ・マスタング様」とだけ書かれている。
裏を見ても差出人の名はなく、封はきっちり閉じられていた。光に透かしても特に変わった点はない。
マスタングは引き出しからペーパーナイフを取り出し、封の端に先端を差し入れ、一気にスライドさせた。
シュッ――――封筒が口を開く。
中には一枚のカードが入っていた。
『 空なる巨兵を従えし 赤き狗は羽根を切られた
黒き獅子よ 金色の翼を捨て バンシーの声を聞け
天空の輝きが大地に眠る時 彼の者 永久の星に帰らん 』
「何だこれは?」
カードの内容はラブレターでも嫌味でもなかった。
比喩表現で構成された詩の文面は美しい筆跡で綴られており、男のモノとも女のモノとも取れない。
「これは・・・嫌がらせの一種か?」
他に何か書かれていないか、裏返したり光に透かしたりしてみたが他には何もなかった。
「空なる巨兵?赤き狗? 一体何なんだ。
・ ・・空なる・・巨兵・・空なる・・・?! これはもしやっ!!」
マスタングは慌てて紙をペンを取り出し、一章節目を書き写した。
「空なる巨兵」とはアルフォンス・エルリックの事ではないだろうか?だとすると「赤き狗」はエドワード?!
コートの赤と国家錬金術師=軍の狗という事か。
だが「羽根を切られた」とはどういう事だ?狗に羽根?単純に動けないという事か?
何か違う。もう少し連想しなくては。
紙に考えを書き殴る。乱れた文字の配列が広がった。
羽根を切る。人為的な作業だ。何の為に?鳥を逃がさない様に、籠の中から――――!!
ガタンッ
椅子を蹴飛ばし立ち上がる。もう座ってなどいられなかった。
「っ!! これは脅迫状じゃないか?!」
羽根を切る。逃がさない様に。つまりは籠の鳥。
エドワード・エルリックを拉致監禁している
そう言っているのだ。
血の気が引いた。
アルフォンスの事を「空なる巨兵」と表現している以上、以前の様にたまたま誘拐された訳ではない。
彼らの事、またこちらの事も調べ上げた上での犯行だ。
「鋼のが攫われた?!」
デスクに両手をつく。鼓動が早鐘の様に鼓膜を揺らす。うるさい。落ち着かなければと思えば思うほど音が思考を奪おうとした。
ドクッドクッドクッドクッ
呼吸が浅くなり、汗が頬を伝う。籠の鳥という文字が眼を奪い、混乱を助長させる。
「くっ!!」
唇の端を噛む。ピリッと小さな痛みが走った。とにかく落ち着かなければ。自分が取り乱しても何の意味もない。
マスタングは深く息を吐き出した。瞳を硬く閉じ、呼吸に集中する。深呼吸を繰り返し、全身に広がった音が治まるのを待った。
トクン・・トクン・・
酸素が脳に行き渡った様だ。主導権が理性に戻った。
冷静さを取り戻し、より深く考える為に椅子に座る。
しかし、いくら冷静にといっても100%そうなれる訳ではなく、いつもの椅子も今は心地悪く感じた。
自分宛に送られてきた脅迫状。
何故自分に?何故彼が?それはロイ・マスタングにとってエドワード・エルリックがウィークポイントになる事を知っているという事だ。
思い当たる事は三つあった。
一つ目は「エドワードがマスタングと深く関りのある子供だったから」
マスタングとの関り方、また彼の体格的には人質としての条件はクリアーだが、根本的に間違っている。
彼は外見的に確かに子供だが、その思考能力・体術・錬金術の技術は大人に引けを取らない。
それどころか、性格にまだ幼い部分がある故に「売られた喧嘩は倍にして返す」と意気込み、
実際には数倍、いや数十倍にして返すという恐ろしい子供なのだ。うっかり人質に取って逆に返り討ちにあってしまったテロリストもいた。
しかも、敵は相当こちらを調べている様子。こんな簡単な理由で彼を選んだりはしないだろう。
二つ目は「エドワードを特別に扱っているから」
しかしマスタングが彼を特別に扱っているのは周知の事実であった。
エドワードは国家錬金術師だ。軍属ながら軍人とは違った扱いになるのは当然の事で、さらに最年少国家錬金術師、まだ子供だという感覚がある為、
周囲は特に異論を唱えたりはしない。
それ故、これだけではエドワードが捕らえられた理由としては薄すぎる。
そうなると最後の一つ、それが理由。
それは「マスタングにとってエドワードが特別だと知っているから」
周囲には子供だから、特異な部下だからという理由で隠しているが、マスタングか彼を特別に扱う真意は他にあった。
それは、彼にとってエドワードが想い人だからだ。勿論、周囲はおろか、本人にもその想いは伝えたりしていない。
まぁ、眼光鋭い鷹の眼は気付いているかもしれないが、それでもそんな素振りは欠片も見せなかった。
敵はその想いまで知っている、そういう事だ。
「くそっ、何といいう事だ!!」
デスクに拳を打ち付ける。配慮が足りなかったのか。自分の想いが彼を危険に晒すなんて!!
マスタングは自分の愚かさを恨んだ。が、今はそれどころではない。もう巻き込んでしまったのだ。後悔よりもまずやるべき事がある。
拳を握り締めカードを睨んだ。彼を助け出さなくては。その為には、このふざけた脅迫状を全て読み解かなければならない。
犯人の要求はこの中にある。彼を助ける為の鍵が。とにかく解読しなくては。マスタングは椅子に座り直し、大きく息を吐いた。
まず第一章節目。『空なる巨兵を従えし 赤き狗は羽根を切られた』――――これはもういいだろう。
次は第二章節目。『黒き獅子よ 金色の翼を捨て バンシーの声を聞け』か。
「黒き獅子」は外見・立場、そして呼びかけがある事を考えれば自分を指していると見て間違いないだろう。
「金色の翼」か。翼・・・また鳥か?金色の鳥・・・ホークアイ中尉か?!金髪、鷹の目だ。間違いない!!
それを「捨て」という事は・・・独りでという事か。よし、次。
「バンシーの声を聞け」? バンシーとは何だ?ファルマンに聞いてみるか・・・ん?バンシー?何か何処かで・・・はっ!!
マスタングは勢いよくデスクの一番下の引き出しを開いた。
確かここに・・・あった!!
『バンシーの館に関する報告書』
それは先日エドワードより手渡された報告書の一つだった。イーストシティに帰ってくるなり妙な噂を耳にしたのでついでに調べてきたのだという。
「ただの怪談だった。」と手渡された際に彼がそう言っていたので、後で読もうとしまっておいたモノだった。
「やはりこれか、バンシー。」
マスタングは報告書を斜め読みした。
『イーストシティの外れにある廃屋から夜な夜な泣き叫ぶ声が聞こえ、その声を聞いた者は近日中に死んでしまうという。
その廃屋は泣き叫んで死を予告する妖精に因んで「バンシーの館」と呼ばれるようになった。
確認したところ「泣き叫ぶ声」は激しい隙間風で「近日中の死」は流行り病によるものだった。』
内容はこの様なものだった。
「成る程、バンシーの館に来いという事か。」
第二章節目もクリアー。残るは第三章節目のみだ。
『天空の輝きが大地に眠る時 彼の者 永久の星に帰らん』―――――「天空の輝き」、太陽でいいのか?
「が大地に眠る時」だから、太陽が眠る・・・そうか日没か!!
「彼の者」はエドワードだな。最後「永久の星に帰らん」・・・永久の星に帰る・・・星に帰る・・・
永久の星に・・・なる、つまりは――――――
マスタングは書き殴っていた紙を荒々しく丸めゴミ箱へ投げ捨てた。そしてカードを胸の内ポケットにしまうと、
一番上の引き出しから手袋と拳銃を取り出し部屋を後にした。
『 エドワード・エルリックを捕らえている。
日没までに独りでバンシーの館まで来い。
遅れれば彼の命はない。 』
現在14:20―――――日没まで2時間40分。
...to be continued
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見切り発車で始めてしまいました。できれば5話くらいで終わらせるようにしたいなぁ。
ロイエド風味・サスペンス風味でお送りしたいと思います。
よろしければお付き合い下さい。
緋月悠奈