ハボエド好きに30のお題
お題:6. 君以外の大切な存在
たった、一言
部屋を出ていくあいつの腕を取る。振り向いた金の瞳が困惑の色を示した。
ぐいっと引き寄せ胸の中に落とす。強く強く抱きしめ、これから遠く離れていく小さな身体を感じた。
本当に言いたい事は飲み込んで柔らかい髪にキスを落とす。
「気を付けて行ってこい。無事に帰って来るんだぞ。 待ってるからな。エド。」
たった一言が言えなかった――――
「君以外の大切な存在」
そんなモノなんてない。
実際、お互いにそう言えたらどんなに幸せだろうか。
でもそれは言えない。そう言えば嘘になる。
俺だってその背を追う存在がある。深い信頼という絆で繋がった仲間がいる。
はかない願いがある。その為に時にはこの命を懸ける事もある。
だから、あいつが弟と楽しそうに笑い合う事も、あいつが弟の状態を自らの痛みの様に顔を歪ませて話すのも、
あいつが弟の元へ帰る事も、あいつが弟の為に命を掛ける事も――――納得しなければならない。
黒衣に袖を通す姿をベッドから寝ぼけ眼で見ていた。真夜中の召集。
闇色を纏い、ホルスターに拳銃をセットする姿は死神を連想させた。狩る者ならいい。狩られる者に――――
俺はフラフラと近寄り、闇と同化し始めた袖を掴んだ。
「どうした?」
月明かりに照らされた金髪が世界の色を思い出させる。
俺の表情を読み取ったのか、少し困った顔をして俺の頭を撫でた。
「大丈夫だって。」
わしゃわしゃと撫で回す大きな手は手袋に包まれ、いつもの暖かさはなかった。
「・・・少尉、気をつけて。ちゃんと帰ってこいよ。」
かすれた声で紡いだ言葉は本当に伝えたかった言葉ではなかった。
――――たった一言が言えなかった。
「君以外の大切な存在」
そんなモノなんてない。
実際、お互いにそう言えたらどんなに幸せだろうか。
でも言えない、それは。そう言えば嘘になる。あの人に嘘をつくのは嫌だ。例えそれが甘い嘘だろうとも。
俺にはアルがいる。赦されざる罪の証がこの身体にある。狗に成り下がっても叶えたい望みがある。
成し遂げないといけないことがある。そう、この命を懸けてでも、必ず取り戻さなくてはいけないんだ。
だからあの人が撰んで進む道に口を出してはいけない。そんな事言えた義理じゃない。
例えそれが命懸けであろうとも。自分じゃない他人の背中を追おうとも――――
互いに相手だけを見て相手の為だけに生きられたら。
それは至極閉鎖的な世界で外からみれば異様な状態だろうが、内側の二人にとってはこの上ない幸せなんだろう。
二人だけの世界。
それを望まない恋人達などいないだろう。誰だって心の底でそれを望み、叶えられない現実に落胆し、仕方ないと諦め納得する。
お互いに一番に大切でも、それだけじゃ有り得ない。
世界は人は複雑に絡み合い支え合いながら構築されているのだから。
解っている。ちゃんと解っている。
だけど、だから、たった一言が、言いたかった、言えなかった。
相手を理解しているからこそ言ってはいけない一言がある。
だが、相手を想っているからこそ言いたい一言がある。
「君以外の大切な存在」
そんなモノなんてない。心の中ではそう思ってる。実際そう言えなくても、愛しいと感じるのはたった一人だ。
だからこそ伝えない――――この想いは。
だからこそ口を噤む――――この言葉は。
君を困らせたくはないから。
でもいつか、お互いに願いが叶い、余裕が出来たら伝えよう。
――――小さいけど最大限の我が儘を。
「何処にも行くな。」
たった、一言を――――
End
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「傍にいて欲しい」――――それって最大の我儘じゃないでしょうか?
自分の為に相手が時間を割いてくれるなんて、本当に幸せな事だと思います。
「隣にいる」というだけで何もいらないから。どうか――――
緋月悠奈