彼らの日常シリーズ1

 

これも日常



「うへっ、まぶしっ。」
カーテンを開けると刺すような朝陽が飛び込んで来きた。

抜けるような青い空。

窓も開けると爽やかな風も舞い込んでくる。


普段なら清々しい気持ちになるのだろうが、今の彼にはただ忌ま忌ましい。

――――徹夜3日目を数えるジャン・ハボックの身体には眩しい朝陽は痛いだけだった。




『どうして貴方はそうなんですかー!!』

数発の銃声と共に怒号が聞こえてくる。

――――とうとうキレたか。

ハボックは声の主に同情した。

ある意味では銃口を向けられているであろう方にも同情するが、怒りがそれを上回る。

しかし、それ以上に呆れと諦めが上回っていた。

ハボックは盛大に溜息を吐く。

「空はこんなに青いのに、風はこんなに爽やかなのに、どうして俺はここにいるんだろうなぁ・・・」

解り切った疑問を空に投げかけた――――瞬間、

『@*$¥@〜!!』


訳の分からない叫び声がこだました。

あ〜・・・そろそろ行くか。

煙草を吸おうと窓を開けたはずだったのに一本も吸う事なく窓辺を後にする。

背にした窓とは裏腹に、廊下の空気は淀んでいた。

 



3日間。最悪の3日間だった。

大佐が大量に溜め込んだ書類の締切と事件処理が重なったのだ。

事件自体は小さなモノで、すぐ片付いたのだが、場所が悪かった。東部管轄と南部管轄の曖昧な所で起こってしまったのだ。

当然押し付け合いの末、共同戦線を張る事になり、事件はマスタング指揮優勢で何とか無事解決された。

しかし事後処理も共同になる為、南部に遅れを取る訳にはいかなくなってしまったのだ。

 

しかも大佐がサボり続けた書類の締切が3日後という事が発覚してしまい、かくして最悪の3日間が幕を開けた。

マスタングの直属の部下達は有無も言わさずその被害を被り、徹夜を強いられ、それぞれが割り当てられた仕事を熟していた。

 

今はその3日目――――


 


「大佐〜、生きてますかぁ?」
ノックなしで執務室のドアを開ける。

目の前に飛び込んできたのは、今まさに生死を別けんとするロイ・マスタングの姿だった。

大佐の威厳はカケラも無く、壁にへばりつき地べたに腰をつけ、手はホールド。

そして眉間には銃口を押し当てられていた。

もちろん突き付けているのはリザ・ホークアイ、東方司令部最強の中尉様だった。

彼女は既に怒りの臨界点を突破したらしい。何の表情も浮かべないその顔を見たら、冷えた瞳を向けられた上司でなくとも胃が冷える思いがした。
彼女の腕はまるで敵に向けるように真っ直ぐ急所を捕え、今にも何の躊躇もなく引き金を引きそうだった。
既に数発は大佐の周囲の壁にめり込んでいて、最後の一発をお見舞いするところらしかった。

ハボックは一瞬このままドアを閉めてしまおうかと思ったが、

 

今止めないとホークアイが本当に撃ちかねない。

 

と思い、仕方なく止める事にした。

「あ〜・・・中尉。そろそろ止めないと本当に死にますよ。」
「おいっ!!もっと他に言う事あるだろっ!!」
いかにも面倒くさそうに言うハボックに、凶器を突き付けられている事も忘れマスタングは思わずツッコミを入れてしまった。

カチャッ

無駄なツッコミが琴線に触れたのか、ホークアイは無言で手元から不吉な音を奏でさせる。
「ちゅっ中尉っ!!やめたまえっ!!」
相変わらず無表情でトドメを刺そうとする部下に必死にお願いする上司。

――――こうなると滑稽を通り越して憐れだな。

ハボックは溜息を一つつき、先程よりさらに面倒くさそうに乱心中の上司に告げた。

「俺個人としては、そのままやっちゃっても構わないんすけど、

今溜まってる書類と殺害後の隠蔽工作、その後引き継ぎ等諸々の処理が面倒なんで止めて下さい。」

「何だっ、その言いぐ・・さ・・は・・・」
途中で捕食者と目が合ったのだろう。マスタングの抗議は後半から喉の奥に飲み込まれていった。

 

その捕食者がゆっくりとハボックの方を向く。腕は相変わらず伸ばしたままだったが。

「もしそうなっても、俺、手伝いませんよ?」

視線が合ってからしれっと言うと、その鳶色の瞳が和らいだ。

「・・・そうね、それは面倒だわ。」

そう言って押し当てた拳銃を少し離した時だった。

「中尉、君も酷いじゃないか!!」

ガンッ!!

一発の銃声が静寂をよんだ。

 

 

発射された弾丸は見事に深々とめり込んだ――――壁に。


ひっとマスタングは喉の奥で悲鳴を上げた。

弾は彼の背後の壁とは別の所へ飛んでいったが、さすがに目の前で、しかも先程まで自分の脳天に向けられていたモノが火を噴いたのだ。

気絶しなかっただけマシかもしれない。


「大佐、30分差し上げます。どうぞご自由に。」

温度ない声で言い放ち、大佐の方はちらりとも見ずにホークアイはそのまま出て行ってしまった。


嵐の去った部屋には、ボロボロになった壁、山積みの書類、呆れ果てた部下、そして魂の抜けた司令官が残されていた――――





 


疲れた。


あまりのホークアイの激昂にボー然とし尽くすマスタングを椅子に座らせ、とにかくお願いだから本気で終わらしてくれと懇願した。

普段から厳しいが良識を持ち合わせた彼女の乱心ぶりに胆を抜かれた上司がどこまで理解したかは定かでないが。

あとは中尉か。

ハボックはマスタングを放置し廊下に出た。途端に一服したくなる。

廊下の窓を一枚全開にし、先程吸い損ねた煙草を取り出した。

あの中尉の事だ。慰める必要はないだろうけど疲れがピークに来てるんだ。何かしらフォローしないとな。

そんな事を考えつつ煙草に火を点け、深く吸い込む。空気より濃度の濃い毒素が肺を浸蝕していく感覚が心地いい。

その充満した煙を今度はゆっくり吐き出す。紫煙は青空へと溶けていった。

 

考えてみれば、あの人が一番働いてるよなぁ。

目を離すと脱走しようとする上司と、共に処理作業を行う部下にも目を配っていた。

大佐を適当に休ませ、部下達の交代も管理する。その間彼女はもちろん自分に割り当てられた仕事も熟していたのだ。

疲れていない方がどうかしている。

日頃から何かと頼りにしちゃってるもんなぁ。今、コーヒーを入れて労うくらいはしないとダメだろう!!

ハボックは煙草をくわえたまま事務室へ急いだ。



「中尉、い・・・」

ドアを開けた瞬間、顔を上げたホークアイと目が合い、ハボックはくわえていた煙草を落としてしまった。

彼女は銃の手入れをしていたのかデスクにはいくつかの部品とオイルが散らばっていた。

「あっ・・・」

ホークアイも驚いた様子でこちらを見ていた。

 

その瞳からは一筋の涙が零れていて――――

 

 

ハボックの思考はフリーズした。

 

 

部屋の空気が止まる。

 

が、次の瞬間、開け放たれていた窓から一陣の風が吹いた。

風に乗って流れてきたオイルの香りにハボックは我に返った。

「っ、失礼しましたっ!!」

あらん限りの大声で叫ぶと脱兎の如く走り去った――――落とした煙草も忘れて。



中尉が泣いていた。あの中尉が!!


ハボックは走りながら今見た光景を思い出した。散乱した部品、機械油の匂い、そして一筋の涙――――
決して泣く事などないのではと思っていたホークアイの涙に大いに動揺した。

俺達のせいだっ!!

きっと彼女は、上司の怠け癖に部下の要領の悪さに、そして己の感情に任せて怒りを爆発させてしまった事に、情けなく悔しい思いを感じたのだろう。

誰もいない気の抜けた一瞬に涙が出てしまったに違いない。

ハボックは自分の不甲斐なさに憤りを感じ、拳を握り締めながら走った、一番の元凶の元へ――――

 

 

 

「大佐っ!!」
乱暴にドアを開け放つ。もちろんノックなどしようはずがなかった。

マスタングは与えられた30分を仮眠に使用すると決めたようだ。片頬に頬杖をつき眉間にシワを寄せつつ固く瞳を閉じていた。

「何寝てんすか、あんたはっ!!」

ハボックはマスタングのデスクを思いっきり叩いた。

「!!」

完全に虚を突かれた形でマスタングは崩れ落ちながら目を覚ました。

――――ゴッ

盛大な音が部屋に響く。

目を覚ましたものの、崩れ落ちる頭を支えるには遅すぎた様だった。

「・・・・」
無言でハボックを睨みつけるマスタング。

しかしハボックの方が恐ろしい形相をしていた。さすがのマスタングも一瞬息を飲む。

そのハボックはデスクに手をついたまま、

「大佐っ、今すぐ壁直して仕事始めて下さい!!終わったらいくらでも休憩していいっすから!!」

といきなり頭を下げた。
「・・・何だそれは。休憩したら嫌でもやるだろうが。」
「今からじゃないと意味がないんすよ!!一秒でも早く終わらせないと!!」
「何なんだ、それは。意味が分からん。理由を言え、理由を。」
ハボックヒュッと音が立つ程勢いよく息を吸い、

「中尉が、泣いてたっす。」

低いトーンで告げた。

「・・・は?」
「だから、あの中尉が、泣いてたんすよ!!」

何かの間違いだ、マスタングは出かかった言葉を飲み込んだ。ハボックの瞳が真実だと語っていたからだ。

「・・・私の」
「せいですよ!!当たり前じゃないっすかっ!!」
ダンッと力いっぱいテーブルを叩かれマスタングは言葉を失った。

 

あの、リザ・ホークアイを、泣かした。

 

その事実が衝撃的過ぎて、しかも自らがその元凶であるという認識がマスタングの思考を止めてしまったのだ。

「大佐っ!!」

ハボックの悲鳴にも似た叫びにマスタングはゆらりと立ち上がった。

そして一本のペンを握り締めボロボロになった壁の前に立った。

 

キュッ、キュキュッ、キュー――――

壁一面に錬成陣を描く。

その間にハボックは部屋に散乱してる空薬莢を拾い集めた。

パァッ

一瞬青白い光が部屋を包んだ。

 

マスタングが壁を錬金術で直したのだ。彼は焔の錬金術師だが壁も直せる。

それは、たまにホークアイを激昂させ壁を破壊させているからだ。修繕費は出して貰えず、マスタングは泣く泣く壁錬成を覚えたのだった。

ボロボロだった壁は傷一つないモノに生まれ変わっていた。マスタングはデスクに戻ると書類を手に取った。
「コーヒー。」
Yes,Sir!!」
ハボックは敬礼をすると駆け足でその場を後にした。

 

 


コンコン


「失礼します。大佐、じか・・・」
マスタングが仮眠中だと思い一応のノックだったようだ。ホークアイは彼が起きて、しかも仕事をしている事に言葉を失った。

壁も直ってる・・・何かの嫌がらせかしら?

マスタングはどこまでも信用されていないようだ。


ゴンゴン


「大佐、コーヒーお代わりっす。」
荒々しいノックの後、くわえ煙草のハボックが入ってきた。

「おわっ!!ちゅっ中尉いたんすか。

あ、あの、大佐は俺が見ますから中尉はもう少し休んでて下さい!!」

ドア前に立ち尽くすホークアイに驚きながら彼は彼女に休めと言う。

「という訳だ中尉。仮眠でもしてくるといい。」

マスタングまでも肯定した。

 

――――怪しい。二人して何か企んでるのかしら?

二人共妙にぎこちない動きをしており、特にハボックなど顔を合わせられないみたいで――――

 

あっ

 

ホークアイは一つの心当たりを思い出した。

 

「ありがとうございます。そうさせて頂きます。」
軽く敬礼してドアを開く。早く背を向けないと笑い出しそうだったから。そして二人に背を向けたまま一息吸って、

「ハボック少尉、ちょっと。」

有無を言わさぬ声色でハボックを呼び付けた。


 


「ハボック少尉。」
「はっはいっ!!」

廊下に出た二人に張り詰めた空気が流れる。

ガチガチに緊張したハボックが可笑しくてホークアイはまた笑いそうになっていた。

「あれね、ただの欠伸よ。」

彼の肩をポンッと叩く。

ハボックはあんぐりと口を開けっぱなしで落とした煙草に気付きもしない。
「それから、煙草の始末は自分でしなさい。また、落としてるわよ。」
「ちゅっ中尉、それ、ホントっすか?」

まだ魂の抜けたように呆けている彼に代わり、煙草を拾い上げる。危ないので仕方なく床で火を消して。

「本当よ。

でも、大佐には黙ってた方がいいわね。消し炭にされるのは貴方よ。」

火の消えた吸い殻をハボックの掌に落とした。

「じゃ、大佐のお守り頑張って。」
そう言い残すとホークアイはその場を立ち去った。

 

 


「・・・やられた。」

実際には偶然が重なっただけでホークアイ自体は何も画策などしていないが、押し付けられた感が否めない。

女の涙を告げ口した事は、大佐を焚きつけた事で帳消しのようだが・・・

また頭が上がらなくなった。

そう思うハボックは、何事もなかったように青く澄んだ空に大きな溜息をついた。


 

これも、日常――――

 



  End

 

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「ハボックの勘違いが一騒動に・・・」とか考えてたのに。

何かちょっと違う方向になっちゃったような。無駄に長いし。

すみませんorz

 

 

   緋月悠奈