嫌がらせの行方 Riza Side
トントントントン・・・
気持ちとは裏腹に包丁は軽やかにニンジンを切断していく。
私は何をやっているんだろう――――いや、料理か。
・・・そうではなくて、なぜ料理をしているんだろうという疑問を自問したかった筈なのに現状把握しか出来ていない。重症だ。
私は今、キッチンに立ち野菜を乱切りにしている。
ニンジン・ジャガイモ・タマネギ・キノコ2〜3種・ブロッコリーは湯がいて仕上げに入れよう――――出来上がり予定品名はシチューだ。
シチューは嫌いじゃない。むしろ冬場はよく作る。
何日か同じメニューが続くが、それさえ気にしなければ手間が省けていい。
ただ今の季節は初秋。
まだシチューは早いと思う。が、リクエストなので仕方ない。
溜め息を付いてまた野菜に包丁を入れた。
そう、私は今リクエストに応えて料理をしているのだ。誰のリクエストか、それは言わずもがな。
最低にして最強最悪、そして最愛の天敵――――ロイ・マスタング大佐だ。
彼のリクエストを聞いているのは副官だからではない。ましてや恋人だから・・・というのは多少入っているかもしれないが、
直接の原因は賭けに負けたからだ――――あれが賭けと呼べるならば。
賭けになったのは今から約6時間前。
いつもの様に居眠りをしていた上官に腹を立て、書類を山脈の様に積み上げるという嫌がらせを敢行した1時間後だった。
我が上官は起きて30分で見事に私に仕返しをした――――実に腹立たしい。
書類の海を前に「店の予約を頼む」と言われた時には呆れて物も言えなかったが、
あまりにも余裕綽々な態度と出来る筈がないという過信につい約束をしてしまった。
が、それがまずかった。
指定された店は「エリザベスの店」。
単純にエリザベスという女性がいる店と取ってもいいのだが、エリザベスが私のコードネームだという事を考慮するとそれは有り得ない。
だとすると「今夜君の部屋に行きたい」と言っているのだ。
しかし明確に言っていない以上、後から何とでも誤魔化しが効く。単純に取ったら馬鹿にされる、深読みしたら自意識過剰と笑われるだろう。
どちらにせよ私に利点はない。
更に言うなら、時間内に書類が片付かなくて残業になった場合、必然的に私も残業になり、
結局ゴリ押しされ大佐の家に連行されるか、自宅に押しかけられるという結果になっていただろう。
どう転んでも約束をして時点で私に勝ち目はなかったのだ。
何が「君の部屋に行きたい」よ。これじゃぁ「君の部屋に行くぞ」じゃない!!
しかも彼は約束通り定時までに全ての書類を処理してしまってのだ。
甘く見ていたとしか言いようがない。
まぁ、彼が頑張ればあの量を一日かからず処理できると分かった事は収穫だったと思っておこう。
――――こうして私は賭けに負けたのだった。
大佐は定時きっかりに帰り支度を始め、帰り際に「シチュー」と一言告げて帰っていった。
そして今に至るという訳だ。
煮込む前に肉に火を通す。肉の焼ける匂いが部屋中に満ちたのかブラックハヤテ号がやってくる。
そろそろお腹が空いたのだろう。今焼いた肉を2〜3切別の皿に移す。が、冷まさないとダメなので可哀相だがご飯までお預けだ。
ハヤテ号はちょこんと座ってこっちを見上げている。後であげるからもうちょっと待ってなさいね。
全てに軽く火を通して煮込んでいく。
ルーを溶かしいるとコンコンとドアがノックされた。ハヤテ号が迎えに走る。
いつの間にか彼に懐いたのだろう?やはり主人の主人は解るのだろうか?
出迎えはあの子に任せて私は鍋を掻き回していた。
少し鍋から離れてもどうって事はないがこの場を離れたくなかった。
いや、出迎えに行きたくないのだ。
一度だって私が部屋に招いた事はない。いつも押しかけられているのだ。
なので出迎えないのは最後の抵抗。どうせ合い鍵で入って来るので全く意味はないのだが。
わんっとハヤテ号が一鳴きすると鍵を挿しドアを開ける音がした。
ハヤテ号はドアの向こうの匂いを嗅いでいるようで知らない人間がいると唸り、知人だと一鳴きするのだ。
賢い子なのだが襲撃された時真っ先に犠牲になる確率が高いので早く危険な状況下での行動を覚えさせないと。
「やぁ。出迎えご苦労。」
当て付けですか?毎回おっしゃいますけど。
いや、半々ってトコだろう。素直にハヤテ号の出迎えが嬉しいのだ。
カツカツカツと部屋を横切りソファーに掛ける音がした。
あぁ、あのままじゃ上着がシワになる。私はいらっしゃいも言わずキッチンから用件だけを伝えた。
「大佐、上着はご自身でハンガーにお掛け下さい。それから、もうすぐ出来ますので。」
「冷たいなぁ、出迎えどころかお帰りなさいもないのかい?」
お帰りなさいときた。向こうが一枚上手か。
「・・・ここは大佐のご自宅ではありませんが。」
「みたいなモノじゃないか。合い鍵もある訳だし。」
「あれはご自身で勝手に作られたんですよ。」
「何度言っても君がくれないからだろう。」
笑いながら当然の行動だと言わんばかりだ。
「くだらない事に錬金術を使わないで下さい。」
抵抗するだけ無駄だと解っているのに、何故か負けた様で腹が立つ。せめてもの嫌がらせにハヤテ号の食事を先に用意してしまった。
「なんだ、ブラックハヤテ号の方が先なのか。」
苦笑した声が聞こえたが、無視してハヤテ号にお手などをさせる。
よしっの号令に待ってましたと言わんばかりに皿に顔を突っ込んだ姿を暫く見ていたが、
「リザぁ〜・・・」
との声に我に返った。
「すぐ用意しますのでテーブルに着いて下さい。」
やっぱり顔を見ずに言ってしまった。
食事の間、大佐は仕事の話しを避け、取り留めのない会話を交わした。
彼が持ってきたワインを飲み少し酔いが回ったが、私は終始無愛想だっただろう。
普段から愛想が良い訳ではないが不機嫌を隠そうとしなかったので無表情だったに違いない。
食後も、ソファーでくつろぐ様に言われたが「片付けがありますから」とそそくさとキッチンに潜ってしまった。
「そうか。」
彼の困惑と溜息が聞こえた。
困らせている。解ってる、自分が悪いのは。
大佐にしてみれば私の不機嫌の本当の意味なんて解らないという事も。
でも仕方ない。気持ちが収まらない。
彼にも腹を立てているが、そんな事に腹を立てている自分がまた腹立たしい。
大佐の事になると感情のコントールが効かなくなる時がある。
今もそうだ。頭では今の重苦しい状況が嫌で、自分の気持ちを切り替えればそんな空気を変えられると解っている。
でもそれが出来ない。
正直に不機嫌の理由を話してしまえば丸くおさまるのかもしれない。
それでも話すのは嫌だった、負けたみたいで。
食器を片付けると手持ち無沙汰になった。
でもまだ気持ちの整理が出来ていない。もう少し時間が欲しかった。
ふっと顔を上げると銀色の缶が目に入る。紅茶缶。それも大佐の為に買った彼のお気に入りだ。
正確には私のお気に入りを彼が気に入ったのだが。
お湯を沸かしティーセットを準備する。お茶受けもデザートもないが仕方ない。ポットに茶葉を入れお湯を注ぎ、砂時計をひっくり返した。
落ちていく砂を見つめていると段々気持ちが落ち着いてくる。独りで怒ってても仕方ない。でも釈だから謝らないでおこう。
最後の砂が落ち切ったので、ポットを傾けゆっくりとカップに注ぐ。
白い陶器に優しい秋色が広がった。
お盆にティーセットを乗せキッチンを出る。
ソファーに近寄ると大佐はブラックハヤテ号と遊んでいた。ハヤテ号がくわえた黄色いアヒルがぴきゅぅと変な音で鳴いている。
大佐はアヒルを受け取ると少し離れた所に放り投げる。それをまたハヤテ号が取って来るというのを繰り返しているのだが、大佐は楽しそうではなかった。
顔は全く見えないが、投げ方がぞんざいなのと無言な所に「拗ね」というか「いじけ」というかが感じられる。
まるで怒られた子供の様で不覚にも可愛いと思ってしまった。
「大佐。」
片手でお盆を持ち、もう片方の手でカップを差し出す。
大佐は受け取りながら身体をずらし私の座る場所を作ってくれた。私は目の前の低いテーブルにティーセットを並べる。
そして空いた場所に腰を降ろすと、ちょうど足元に来たハヤテ号を膝の上にのせ優しく背を撫でた。
「・・・リザ」
しばらくして唐突に名前を呼ばれた。
カップをテーブルに置き、こちらを向いた彼と目が合う。優しく困った瞳。
私は思わず目を伏せてしまった。
「リザ・・・」
甘い響きと共に彼の指が髪を撫でる。そのまま後ろまで指は延びバレッタを外した。パサッと音を立て髪が滑り落ちる。
「リザ、そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないか?君は私が居眠りしてた事以外で私に腹を立てている、違うか?」
彼はゆっくり優しくなだめる様に言葉を紡ぐ。
有能なのも困りものだ。隠し事なんて出来ないらしい。
「何でもありません。」
一応抵抗を試みる。
「リザ。嘘はいけない。」
「大佐程ではありませんよ。」
売り言葉に買い言葉。
という訳ではなかったが嘘という言葉に引っかかって、つい口を出てしまった。
「私が?君に対して?」
「・・・他の方には自覚がお有りなんですね。」
「当たり前だろう。それは戦略だ。
そうじゃないリザ。私が君に対して嘘をついた事があるかと聞いているんだ。」
「えぇそりゃもう山の様に。一から申し上げましょうか?」
「リザ、話しの反らし方が強引だぞ。私が聞いているのは、君をそこまで怒らす様な嘘をついたのかという事だ。」
細い目をさらに細めた。少し真剣な空気が流れる。
言葉に詰まった私は再び視線を反らした。
「・・・貴方は嘘つきです。騙すなら、もっと上手く騙して下さい。」
心外だなと少し怒りを含んだ声が返された。私は無視してぶつけた。
「どんな夢を見てらしたんですか?たくさんの女性の名前をおっしゃってました。私にはそれが無性に許せなかったんです!!」
口から溢れて止まらなかった。
私は叫ぶ様に言い放ち顔を背ける。泣けるなら泣いてしまいたかった。
苛立ちの理由は嫉妬。原因は独占欲。
彼が相手なんだから解っていた事なのに、それを抑えられなかった。
みっともない。そんな姿見せたくなかった。
「リ・・ザ、それは、つまり・・・」
もう何も言えない。私は顔を背け続けた。
彼は頬に手を添え自分の方を向かせようとする。私は力いっぱい抵抗した。もう自分が何をしているかなんて解らないが、顔を見られるのが嫌だった。
私の抵抗を見て顔を見るのは諦めたのか、今度は強引に抱きしめれた。
「嬉しいよ、リザ。」
耳元で囁かれた。
「だが、君が悪いのだからな。可愛い事を言ってくれるから――――」
そう言うと背中に回していた腕を肩と膝裏に持ってきて、すっと立ち上がった。
いわゆるお姫様抱っこをされたのだった。膝からハヤテ号が転がり落ちる。
フキャンッ!!
ハヤテ号は不意打ちだったのだろう。床に当たり変に鳴いた。彼は気にせず私を抱き上げたままベッドルームに向かう。
「たいっ」
口を開いたら有無も言わさず塞がれた、口で。
部屋に入るとついて来ようとするハヤテ号に、
「ステイ。」
そして一息入れて、
「ブラックハヤテ号、ハウス!!」
とハヤテ号の鼻先でドアを閉めた。
流されている、確実に。それでも抵抗できない自分がいる。
私はこんな人間だったか?この男だからだろうか?驚きに疑問が拍車をかけ困惑が拡がる。
とにかく今夜は長い夜になりそうだ。
唯一つ解っている事は、もう彼からは逃げられないという事だけだった――――
End
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こんなリザ・・・有り得んorz
まぁ、ヤキモチ焼くリザを書いてみたかったんだと・・・orz
緋月悠奈